witten by 嶋田智之
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9月23日から25日にかけて行われた、ローマ・ラリーの取材に行ってきた。mCrtことムゼオ・チンクエチェント・レーシング・チームと眞貝知志選手の初めての海外ラリーへの挑戦をベッタリくっついて追うことで、彼らが生み出すドラマを余すことなく伝えること、そして蚊帳の外からじゃなく内側から見つめてレポートすることで、ラリーというちょっとばかり解りにくいところもあるスポーツをクルマ好きの皆さんにもっと知っていただけるようにすること。
 
メディアでのレポートは、まずは僕の古巣でもある“Tipo”の10月6日発売の11月号、Tipo編集部が作った10月30日発売のムック本、“FIAT & ABARTH MAGAZINE”、それからアバルトのライフスタイル系公式WEBマガジンである“SCORPION MAGAZINE”(http://www.abarth.jp/scorpion/scorpion-plus/6554)に速報というカタチですでに掲載されているので(だけど書いてることは皆ちょっとずつ違ってるよー)、もしかしたら御覧になった方もいらっしゃるかも知れない。
 
けれど、今回の取材の大本命といえるのは、同じくTipoに3ヶ月続きの短期集中連載となるインサイド・レポート。それが11月5日発売の12月号からスタートした。ちょうどいいタイミングなので、スペースに限りのある雑誌の誌面では伝えきれなかったこと、しかもココをもうちょっと知っておくとインサイド・レポートがよりリアルに感じられることを、補足的にお伝えしようかな、と思う。
 
それは何かというと……、
 
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道、である。
 
ローマ・ラリーはイタリアのナショナル選手権の第6戦にあたる競技で、確かにローマを拠点に行われるのだが、実際のSS(=スペシャル・ステージ/速く走れば速く走るほど偉い全開タイム・アタック区間)のコースのほとんどが、ローマ近郊40〜100kmほどのところにある山岳地帯に設けられている。その山岳地帯の村と村を繋ぐ生活道路みたいなところを閉鎖して、タイム・アタックが行われるわけだ。
 
ちなみに上の写真はローマから40km少々のところに設けられた市内に最も近いSSの、それもまだ全然頂上に達してない途中から下界を撮ったモノ。中央から向かって左下の2本の線みたいなのはコースの下の方の部分である。このSSを一気に駆け上ってくる。
 
その道ってのが、なかなかのクセモノだったのだ。フツーの速度でフツーに走ってるとどうってことないっちゃーどうってことないのだけど、速度域が上がって攻め込んで走ろうと思うと、途端に違った表情を見せるのである。
 
そもそも大前提として、これはまぁイタリアだけに限ったことじゃないのだけど、道の構造が日本とは想像以上に違う。例えば高速道路の出口。日本だったら本線から出て料金所のブースへ向かうような場面だ。そういうところでは大抵の場合、道幅は広くとられているし、曲がり具合もわりとなだらかに設計されていたりするものだけど、そういう配慮はあんまりない。というか、本線から外れたらいきなり道幅が絞り込まれて狭くなったり奥に行くに従ってコーナーがギュッとキツくなってたりするのも珍しくない。一事が万事そんな感じで、つまりどういうことかといえば、道路の設計がそれほど安全に配慮したものではないってこと。
 
いや、そういう表現は正しくないか。日本の道路の設計が、世界的に見てもトップ・クラスといえるくらい安全に配慮したものになっている、というのが正しいだろう。僕も仕事柄あっちの道を走ることが少なくないのだけど、フツーに走ってて「うあ、ここ危ねえなぁ……」とか「うひゃー、飛ばしてなくてよかったー」と感じられること多々、なのである。
 
それは単純に道の曲がり方だとか幅の大小の変化の問題。それに加えて、あっちの道は日本と較べてかなり路面のμ(=ミュー/摩擦係数)が低い。というか、これまた“日本の路面のμが高い”と表現するのが正しいだろう。つまりあっちの路面は日本と較べて基本的にタイヤのグリップが低い、滑りやすいと考えてもらっていい。その上、これだ。
 
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これはちょうど下界を見下ろす写真を撮ったコーナーなのだけど、写真の右奥の方から駆け上がってきてコーナーを抜けて左の奥の方に向かっていくまでの間で、舗装の種類が3あるのが判るだろう。つまりμが3種類で、そのたびにタイヤのグリップの仕方が変わる。晴れた日にフツーのスピードで走ってる分にはどうってことないけど、雨の日で路面がウエットだったり、あるいは速度域を上げて攻めて走ったりすると、だいぶ走りにくい。というか、たぶん結構怖い。
 
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しかも、だ。もちろんスムーズなところもあるのだけど、多くは古くから使われ続けてる生活道路がベース。荒れている箇所が多い。この写真のクルマの右側の路面を見ていただきたいのだけど、凹凸が幾つもあることが判ると思う。ここはまだどちらかといえば穏やかな方で、こうした凹凸、大きなうねり、小さなうねり、あるいはそれらの複合技(?)が絶え間なく続く道も少なくなくて、そういうところではレンタカーでフツーに走っていても上下とか斜めとかに揺さぶられて、思わず速度を落とす。勢いよく走っていこうとすると、跳んだり跳ねたりする。それは低速で曲がるコーナーだけに限ったことじゃなく、おそらく120km/hとか130km/hとかで抜けていかないと勝負にならないような高速コーナーでも一緒だったりするのだ。
 
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そのうえ、だ。この写真は地形の関係でずっと登ってるように見えるかも知れないけど、実はちょうど一番曲がってるところ辺りがボトムで、そこから先は登り、その手前までは下り。写真を撮っておけばよかったと後悔してるけど、実はここに至る直前の道は、競技中は軽く100km/hオーバーだろうと思われる高速のS字が続いてて、路面には大小のうねりが散りばめられている。
 
つまり競技車両は跳んだり跳ねたりしながらとんでもない勢いで下りのS字を抜けてきて、視界が開けたと思ったらいきなり路面のボトムで、そこを超えてサスペンションが伸びようとしてるところで逆バンク気味の激しい左ターン……だ。膝丈ぐらいの石を積み重ねたガードの向こうはいきなり崖。速度を落としきれずにまっすぐ突き進んだらそのまま綺麗さっぱり崖から落ちる、という仕組みである。
 
そんなところが山ほどある。先が見えない登り道があって、登り切ったと思ったら次の瞬間には直角にターンしてたりするようなところだって、ちっとも珍しくない。道路というものの作り方というか、道路に関する考え方みたいなものが、根本的に日本とは違ってるのだ。全てがそうだとは言わないが、日本では極力そうした危険な作りになることを避けようとしながら道路を敷いていくのが常識となっていて、海外から帰ってきて日本の道を走るたびに“ああ、やっぱ日本の道は走りやすいなぁ……”と感じたりする。
 
もちろん世界の中でも断トツ級にスムーズな日本の道にも競技で走るには固有の難しさがあるのだろうとは思うけど、少なくとも僕はあっちの山道を全開で攻めて走ってみたいとは思わない。“楽しい”よりも“恐ろしい”が先に立つぐらい戸惑うし、めちゃめちゃリスキーに感じられるからだ。
 
全日本戦では頂点級のところにいる眞貝選手とパートナーであるコドライバーの漆戸あゆみ選手も、あっちでのラリーは初めてだったわけだから、そうしたちょっと踏み込んでみないと実感として解らない路面環境には、同じように戸惑ったことだろう。それが今回のローマ・ラリーでの彼らの戦いに大きな影響を及ぼしたのだと僕は思う。
 
そんなことを意識しながら、できれば今ちょうど書店に並んでいるTipoを手にとって、インサイド・レポートのページを読んでみていただけたら嬉しい。
 
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競技当日には封鎖されてさすがにこんなふうに出てきたりはしないだろうけど、コーナーを抜けたらランボルギーニが道端にいたり、
 
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フェラーリが道を塞いでたりして、驚かされたりもした。本番のときに姿を現さないにしても、路面には彼らの糞が落ちてたりすることもあって、それを踏んでズルリと滑ってスピン→クラッシュ、なんてことだって考えられないわけじゃない。何と恐ろしいコースなことか。
 
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SSのコースを登り詰めていくと、道の両脇にこんな光景が広がっていたりする。ハイジはどこにいるんだ? ペーターはどこだ? いや、なんちゅーか……もうほとんど「ローマって言うな!」って感じである。
 
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これは競技本番の2日前、レッキ(下見走行)の途中の眞貝選手と漆戸選手。ふたりの表情にゆとりは感じられない。……そりゃそうだろう、と思う。プロだからこそ、いかに困難な局面に自分達が向かっているのかということを、実感として悟ったのである。
 
 
これは本番初日、SS4(4番目のスペシャル・ステージ)をスタートするときの、mCrtのアバルト500ラリーR3T。同じR3クラスのライバル・マシン達と較べて、明らかに遅い。すでにマシンの設計は古くなっているし、規定内で他のマシンより排気量が200cc小さくて、パワーも軽く50ps以上劣ってる。1kmあたり1秒遅い、と言われてる。いかに“ジャイアント・キラー”のアバルトといえど、勝ち目は薄い。
 
 
それでもローマ市内の歴史的建造物、労働文明宮で行われたSS1、スタジアム形式のスーパーSSでは、全日本チャンピオン経験者としての引き出しを開けまくり、ライバルから1本とって観客席を大いに湧かせたりもした。
 
その眞貝選手が、この13日の日曜日に“あいち健康の森公園”で開催される『あいちトリコローレ』にゲストとして登場してくれて、実は僕・嶋田と皆さんの前でトークをしてくれることになっている。これはもう聞かない手はないでしょー。
 
そんなわけなので、皆さんもぜひ遊びにきてちょーだいましっ。……あ。次回のTipoのインサイド・レポート、これもまた必読だよー。めちゃめちゃドラマティックな展開を、眞貝選手と漆戸選手が見せてくれたから。
 
あれやこれや、お楽しみにねー。
 
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56


まずは写真を見ていただくのがいいんじゃないかな? と思う。
 
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いわずと知れた、ランチア・ストラトスである。ノーマルの姿の異形といえる美しさもいいけど、ラリーで勝つために生まれてきたマシンだけに、やっぱり僕はリトラクタブル・ヘッドランプ以外にもズラリとランプ類が並べられたこの姿が一番好き。
 
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年代や参戦ラリーによって多少の違いはあるようだけど、ストラトスのライトポッド付きを正面から見ると、こんな感じ。
 
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ストラトスと較べれば活躍期間は短かったけど、同じくランチアのラリー037も“美しいラリー・マシン”の筆頭といえる1台。よく知られてるのは4連のライトポッドが堂々と備わってる顔だけど、僕は1982年辺りの初期の頃の、この少し控えめな表情が好きだったりする。
 
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これが有名な方の顔ね。記憶に間違いがなければ、参戦2年目からは補助灯ありの場合にはこのライトポッドに変わってるはず。
 
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ランチア黄金期の最後を飾るデルタ。他のイベントでは「いかにも!」なライトポッドが付くのだけど、確かアニマル・バーが必要となるサファリ・ラリー用マシンにだけはちょっと小振りのものが付くのだよね。しかもこれ、角形ランプで、このミス・マッチ感がまたちょっとビミョーにカッコよかったりする。手元に資料がないからナニだけど、これって1991年だけだったっけ……?
 
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補助灯といえば忘れちゃならないのが、アルピーヌA110。バンパーのところに付くフォグランプが左右とも外側を向いてるのは、ナイト・ステージでもドリフト前提……だから?
 
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A110がルノーのラリーでの歴史を語る上での主役なのは間違いないけど、サンク・アルピーヌとサンク・ターボも忘れちゃいけない英雄。サンク・アルピーヌもサンク・ターボの初期の頃のマシンも、仲良くシビエのランプが4つ、こんなふうにマウントされてたわけだけど……。
 
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サンク・ターボのマキシの時代になると、この顔面埋め込み型。サンクの小粋な感じは消えてなくなっちゃってるけど、ド迫力だよねぇ。
 
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ラリー・カーとして忘れちゃならないミニ・クーパー。この“33EJB”はかの有名な1964年モンテカルロ・ラリー優勝車だけど、補助灯、何と頭の上にまで取り付けられてたりする。もともと灯火類が明るい時代じゃなかったから、ナイト・ステージ、怖かったんだろうねぇ……。
 
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こっちはナロー・ポルシェの1965年モンテカルロ・ラリー出場車。フロント・フードとバンパーの下に追加されてるだけじゃなくて、やっぱりルーフにも備わってる。そういう時代だったのだねぇ。
 
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後年になると911にもちゃんとしたライトポッドがマウントされるようになるわけで、これは1981年のサンレモ・ラリーでワルター・ロールのドライブで最後まで優勝争いを繰り広げた911SC……をポルシェ・ミュージアムがレストアしたヒストリック・ラリー用マシン。もちろんヒストリック・ラリーも、ドライバーはロールさん。ポルシェ911って、意外やライトポッドが似合うのだよねぇ。ロールさんのファンとしてはチョー悶絶モノな1台。
 
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もっと光を! と念じたくなるのは、何もラリーに限ったことじゃない。ル・マンをはじめとする24時間耐久レースも、もちろんそう。ちなみにこれは雨上がりのル・マン、サルテ・サーキットの情景。真っ暗でランプの光が路面に反射してるよね。この先頭のノーズの真ん中からビームを発してるマシンは何かというと……。
 
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アストンマーティンのヴァンテージ。アストンのアイコンともいうべきフロント・グリルの奥に、2つの補助灯をマウントしている。近頃のGTマシンではノーズ埋め込み型が主流なのだけど、明るいときには市販モデルと表情をほぼ同じくするアストンのやり方は、過剰感をよしとしない“らしさ”に溢れていて、とても好ましく感じられる。
 
──というわけで、補助灯マシンの写真を並べてるわりには補助灯のブランドの解説があるわけでもマシンの詳細に触れてるわけでもない、どっちかといえばチャラいことばっかり書いていて、あんたはいったい何がいいたいのだ? とお思いの方もおられることだろう。いや、僕がいいたいことは、ただひとつ。
 
ちゃんとヘッドランプつけて走ってくれよぉ……。
 
そりゃ夜になって暗くなったらスイッチをオンにするのだろうけど、そういうことじゃなくて、最低限、台風の影響でドシャ降りだったりゴリラ芸雨だったりで視界がものすごーく悪化してる状況の中を走るのだったら、真っ昼間でもランプのスイッチは躊躇わずに入れてくれってば。
 
先日、台風の影響でバケツの底というより風呂の底でも抜けたかのような雨に見舞われた、仄暗い夕方の東京都目黒区のはずれでのこと。スモールランプすら点けてないクルマが直進してきてることに気づかず、スモールランプすら点けてないクルマが脇道からノタノタと出てきて、クルマ同士の接触はギリギリでまぬがれたものの、出てきたクルマを避けた直進車両が電信柱にボコッ! とバンパーをぶつけるという軽めの事故があった。
 
で、その電信柱の陰に、僕がいたというわけだ。傘が役立たずでグショ濡れになりながら歩いてて、何となーく道路の流れを見る癖がついてるおかげで「あれ? やばいかなぁ……」と、念のために電信柱の陰に待避してたのだ。電信柱がなかったら、ハネられてたかも知れない。
 
ふたりのオヤジは濡れネズミになりながら「あんたが悪い」と互いに罵り合ってたけど、僕にいわせればどっちもどっち。あのコンディションでランプを点けてない時点で、同じ穴のオヤジ、だ。歩いてたのが動きのゆっくりなお年寄りだとか恐れを知らないお子ちゃまだったら、大変なことになってたかも知れないんだぞコノヤロー、である。
 
視界不良で見えにくいなら見えにくいなりの運転をするべきだし、自分が見えにくかったら相手だって見えにくいわけで、ならばせめて自分を周囲に認識させる手段をとるべき。仮に雨降りじゃなくても、街が暗くなってきたと感じたら、遠慮なしにランプを点けるべき。……でしょ?
 
というか、近頃はデイライトが備わってるクルマも増えてるけど、もーさぁ、そういうのに関わらず常時点灯でいいじゃん。明るい真っ昼間だって、周りにランプをつけてるクルマがいれば判りやすいでしょ? 立場を変えれば、自分がランプをつけてれば他車に「俺はここにいるぞー!」ってのを判ってもらいやすい、ってことでしょ? 自分では絶対にクラッシュなんかしないって決めてたって、他車から突っ込まれるのを避けるのはなかなか難しい、でしょ? だったら突っ込まれる可能性を少しでも減らすため、ちゃんと自己主張をしておく方がいいに決まってる。
 
スイッチを入れるだけでそれが可能になるランプ類っていうのは、立派な“アクティヴ・セーフティ”装置のひとつ、なのだ。
 
スウェーデンでは、確か1970年代の終わり頃には、常時点灯が義務づけられてたはず。その他の北欧諸国やカナダなども、義務化されたのは早かった。僕は10年ちょっと前だったと思うけど、イタリアを走ってるときに周りのクルマのほとんどがランプを点けてるのを見て、日本に帰ってきてからも真似してる。24時間365日、常時点灯である。最初はカッコつけみたいなところも、なきにしもあらずだったかも知れないけど。
 
ともあれ、ヘッドランプは暗いところを照らすためだけのものじゃなく、この先まだまだ続く自分の未来をも照らすものなのだ。
 
……え? 補助灯? ライトポッド? いやぁ……それはねぇ、ただ単にカッコイイよなぁと思って。だって、こんな説教じみた話だけ聞かされたって、おもしろくないでしょ? サービスですサービス。ふはははは (^o^)
 


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隣のオヤジがジープを買って、そろそろ1年が経つ。
 
住んで10年が経ったマンションに隣接するオヤジの家の駐車場には、僕が引っ越してきたときにはすでに中古だった某日本メーカーのミニバンが収まっていて、途中からもうちょっと新しい中古のミニバンに替わったのだけど、どちらのときも滅多にクルマが出動することはなく、洗車されることもなく埃をかぶり、玄関横にくり抜かれるように設けられてるその空間の中は、いつ見てもショボくれた感じだった。
 
出掛けや帰り際にときどきバッタリ会う隣のオヤジも、ショボくれた感じだった。いや、ルックスがどうとか、そういう話じゃない。挨拶をしても目を合わすことなく下を向いてボソボソと言葉のようなモノをこぼすだけ、雰囲気にもパリッとしたところはどこにもなく、笑顔というものを見たことがない。お子ちゃまと一緒にいても関心があるのかないのか、お子ちゃまの言葉にもあまり機嫌がいいとは思えないような受け答えをする感じ。そんなだからお子ちゃまの方も見事に元気がなく、オヤジ同様に疲れ切ってるのか諦め切ってるのか、ちょっと陰性な匂いのするショボくれた小学生といった印象だった。
 
だから隣のオヤジの駐車場に、黒いジープ・ラングラーが停められてるのを発見したとき、僕は腰が抜けるほどビックリしたのだった。だって、隣のオヤジとラングラーのイメージが、あまりにも結びつかなかったから……。
 
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だが、驚くのは早かった。あれから1年が経とうとしてる今、僕はあれやこれやを思い出して、しみじみと驚いている。
 
まず、オヤジは笑うようになった。あんた笑い方を知ってたの? という感じで最初のうちはちょっと不気味だったが、笑顔を浮かべるのを見掛けるようになった。スーパーマーケットの売り場に並んでるサカナのような印象は、全くしなくなった。
 
駐車場が空になることが多くなった。きっとミニバンだった頃と違って、オヤジはクルマに乗って出ることが好きになったのだ。
 
オヤジがクルマを洗ってるところも、比較的しばしば目撃するようになった。おそらく2週間に1回とかのペースで洗ってる。バケツとホースで、ていねいに手洗いしてる。いったいどこを走ってきたのか、ときどき泥だらけになった車体を洗ってることもある。
 
そうしたときのオヤジは別人かと思うくらいにニコやかで、楽しそうで、ちょっとばかり快活だ。こっちが挨拶をする前にハリのある声が飛んできて、面食らったこともある。
 
オヤジがそんなだから、お子ちゃまもどこかの家の子と交換したのかと思うくらい明るくなった。オヤジにホイールの洗い方を教わりながら、キャッキャッと声をあげて笑ってる。家族で出掛けて帰ってきたときなんて、助手席から降りたかと思ったら特徴的なフェンダーをポンポンと叩き、ヤケに誇らしげな表情でクルマを見つめてた。
 
オヤジがお洒落になった。ヨレヨレのジャージで外に出てくることがなくなった。というか、オヤジ一家全員がお洒落になった感じで、週末にはアウトドアっぽい雰囲気の服に身を包んで総出でどこかに行ったりしてる。オヤジ以上に陰が薄かった奥さんも、意外やかわいらしい雰囲気のママだったことが判るくらいに明るい振る舞いだ。そういえば家の中から笑い声が外に聞こえてくるようにもなっている。
 
同じ隣のオヤジ一家とは、とても思えない。まるで宇宙人に家族全員が乗っ取られて別人格になるSF映画みたいな、ホントに驚くべき変わりようなのだ。しかもそれは、全てここ1年以内のお話。隣のオヤジがジープを買ってからの変化なのである。
 
クルマには、そういうチカラが、間違いなくあるのだ。人の心を変え、表情を変え、暮らしを変え、生き方を変え、人生そのものを素晴らしい方向へと導いてくれるチカラが、間違いなくあるのだ。
 
クルマのメディアに関わる人間として、僕はそうしたクルマの持つ幸福なチカラを、もっとちゃんと伝えていかなきゃいけないのだな、とあらためて思った。数値化できない領域だし“心のカタチ”というのはとても伝えるのが難しいものだし、受け手としても基準や指標がない分だけ理解しにくいものなのかも知れないけれど、それを押してでも僕達は伝える努力を惜しんではいけないのだな、と思う。
 
今回は、基本はあんぽんたんではあるけれどときとしてマジメにモノを考えることもある、という証として──。
 
そんなわけなので、今度の日曜日に愛知県のモリコロパークで開催される『ミラフィオーリ』のトークでは、その反動でマジメじゃない方向に弾けます。竹岡 圭ちゃんをミチヅレにして。
 
皆さん、覚悟しといてくださいねー。っていうか、遊びに来てくれないとダメですよー。
 
◎イベントの概要はこっちこっち。 → http://goo.gl/2xtkxf
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……ダメ人間? いや、もうダメ人間を通り越して“カス”なんじゃないかと思えてわが事ながらオイオイと泣けてきそうな今日この頃。皆さん、いかがお過ごしでしょうか? 前回を「実はそのDB11の発表に先駆けて、もうひとつ大きなニュースがあったことを忘れちゃいけない」みたいに締めておいて、お前が忘れてたんだろ? といわれそうなほどの、見事なカスっぷり。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
 
というわけで、文字数を抑えるためにも今回はいきなり主題に突入するけれど、その“大きなニュース”とはコレだ。
 
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……あ。コレだけだと判らないか。うん。判らないだろな。僕だってコレだけ見せられて勝手に判れっていわれたら、途方に暮れる。
 
コレは“AM-RB 001”というコードネームで呼ばれるプロジェクトから生まれることになる、アストンマーティンの次世代ハイパーカーのイメージ・イラスト? 初期スケッチ? コンセプト・スケッチ? である。そう、忘れもしない──というわりには正確な日時は忘れちゃったけど──3月真ん中辺り、本国のアストンマーティンから届いたプレス・リリースを見て、僕はブッ飛んじゃったのだ。
 
そこには、簡単にいえば「アストンマーティンはレッドブル・レーシングとパートナーシップを結んだ」「レッドブル・レーシングのエイドリアン・ニューウェイとアストンマーティンのマレク・ライヒマンがコラボレートして、これまでの常識を覆すような究極のハイパーカーを作る」というようなことが記されていた。
 
レッドブル・レーシングといえば、いわずと知れたF1グランプリのトップ・チームのひとつであり、世界最高峰の領域にある“スピード”のための様々なテクノロジーと、素材技術と、緻密さや精密さを誇り、テスターとしての能力も凄まじく高いドライバー達もいる。アストンマーティンは独自の美学と哲学を持ち、生まれたてホヤホヤでアウトプットを大幅に引き上げていく余地のあるV12ツイン・ターボもあれば、ハンドメイドでクルマを生産していく設備も職人達もある。そして、エイドリアン・ニューウェイといえば、歴史上最も成功したエアロディナミシスト(空気力学専門化)であり、レッドブルのレーシングカー・デザイナーでもある。マレク・ライヒマンは、御存知、アストンマーティンのスタイリングデザインを統括するチーフ・クリエイティブ・オフィサー。
 
今や歴史的にはとんでもなく気高い存在になったマクラーレンF1という素晴らしいスーパーカーがあるが、それを設計したのがゴードン・マレーというレーシングカー・デザイナーだったことを忘れちゃいけない。しかもニューウェイは、無類のスポーツカー好きであり、ウルトラ級のエンスージャストであることも、レース界では広く知られているのだ。このコラボレートにワクワクできない理由なんて、ひとかけらもないだろう。究極と究極のコラボレーションなのだから。
 
それだけだって僕にとっては充分に衝撃的だったのに、コレである。
 
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おわかりいただけただろうか? ……では、もう一度。
 
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レッドブルのF1マシンのノーズに、アストンマーティンの象徴である“スカラベの羽”があるのだ。プレス・リリースの最後の方に、「このパートナーシップを祝って、RB12にアストンマーティンのウイング・ロゴをあしらう」と記されていたとおり、ノーズやサイドポッド後方に、スカラベ印が貼られている。前年から噂されていたのとはタッグを組む相手もタッグのカタチも違っていたけれど、1959〜1960年以来の、間違いなくアストンマーティンのF1復帰! なのだ。
 
アストンマーティンのアンディ・パーマーCEOは、それ以前から“モータースポーツにまつわるテクノロジーとアストンマーティンの生み出すスポーツカーに明確なリンクが作れないのであればF1に参入する意味はない”と解釈できるような発言を繰り返していたが、参入する意味を積極的に“創り出した”わけだ。パーマーCEO、おそるべし……。
 
そして前回のコラムで触れたように3月のジュネーヴ・ショーで最大のニュースとなるDB11のデビューがあって、これで少しアストンの動きは静かになるのかな……と思ってた。が、どうしてどうして。ちっとも静かになんかならなかった。4月に入ったら、いきなりコレである。
 
 
おわかりいただけただろうか? ……では、もう一度。今度は写真で御覧いただくことにしよう。
 
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コレで……、
 
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コレである。……おわかりいただけただろうか? ……では、もう一度。じゃなくて! 要はV12ヴァンテージSのラインナップからしばらくドロップしていた、マニュアル・トランスミッションを何の前触れもなく復活させたのだ。しかも、だ。昔の部品を引っ張り出してきたわけじゃなく、AMSHIFTと名付けられた新開発の7速。左下が1速となるHパターンで、ヒール&トゥが面倒なときには自動ブリッピング機能を使うこともできるオマケ付きだ。
 
こっ……これはオタク心をチョーくすぐる。僕は最初のV12ヴァンテージがMTだったことを知っているし、体験してもいる。アストン史上最も運動性能に優れたヴァンテージ系の車体に積まれた世界で最も芳醇なV型12気筒エンジンを、3ペダルとシフトスティックを駆使しながら味わえるなんて、そりゃもう至福の極み以外のナニモノでもない。しかも現行のV12ヴァンテージSは、571psに63.2kgmもあるのだ。……んー、たまらない。このプレスリリースが英国から届いた瞬間、僕の中の“生涯の目標にしたいクルマ・ランキング”はすんなりと入れ替わった。
 
……と思ってたら、その半月後、今度は“死ぬまでに一度は乗ってみたいクルマ・リスト”が入れ替わるニュースが飛び込んできた。
 
 
そう! そうなのだ! 去年の秋に素晴らしく幸運なことにそのステアリングを握り、ハナヂを噴くかと思うくらいに興奮させられた、ヴァンテージGT12。そのV8版ともいうべきヴァンテージV8が、いきなり発表されたのだ。
 
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クルマの成り立ちは、ヴァンテージGT8にかなり近いといっていいだろう。2016年シーズンのGTカテゴリーを戦うV8ヴァンテージGTEには及ばないものの、そのフィーリングや通常のモデルでは届かない領域を楽しめるように作られた、ストリートを走ることのできるサーキット向けの150台のみの限定車である。パワーユニットは446psと、数字だけを見ればV8ヴァンテージSより10ps高められたに過ぎないが、こちらは車体が横方向にワイドになり、シャシーを引き締め、空気の流れも味方につけ、100kgほども軽い。もうそう聞いただけで走らせてみたくなるじゃないか。これをサーキットで走らせてみたいと思うのは、当然の気持ちの流れじゃないか。
 
……あ。アストンは今年もニュルやル・マンをはじめとしたレース・シーンを戦ってるわけだけど、そのレーシング・スピリッツがありありと解るような動画を見つけちゃったので、それも貼っておこう。
 
 
そしてそして、ヴァンテージGT8の興奮冷めやらぬ5日後、頭の中がライヴで興奮している真っ最中だというのに、今度はそれとちょっとばかり性質の違う興奮が襲ってきた。うあ、何て美しいのだろう……である。
 
 
毎年5月の終わりが近づいた頃にイタリアのコモ湖で開催される“コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステ”でお披露目された、ヴァンキッシュ・ザガートだ。そう、2011年以来のミラノのカロッツェリア・ザガートとのコラボレート作は、現行アストンのフラッグシップであり、最も美しいスタイリングを誇るヴァンキッシュをベースに作られた。
 
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マレク・ライヒマン率いるイギリスはゲイドンのデザイン・チームと、ザガートの現当主であるアンドレア・ザガートとチーフ・デザイナーである原田則彦をチーフとしたイタリアはミラノの手練れ達の共同作品。詳しくはこの26日に発売される『ROSSO』誌でねちっこく紹介させてもらってるのでそちらを御覧いただきたいのだが、まぁよくもここまでベースとなったヴァンキッシュの持ち味を殺すことなく新たな魅力を注ぎ込んだものだと思う。
 
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オール・カーボン製のボディ・パネルなんて、おそらく1枚たりともベース車と同じものはないだろう。しかもパネルの継ぎ目がほとんどないから、スタイリングの流れがスムーズでめちゃめちゃ綺麗。ほかにも「ほほぉ……」と思える要素はたくさんあって、どれだけ拘ってるんだ? と思えてくるほど美しい。アストン+ザガートのコラボ作はそれぞれ見事としかいいようのないスタイリングをしているけれど、個人的にはDB4GTザガートを除けばこのヴァンキッシュ・ザガートが最も好きと公言してもいい。
 
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ただただひたすらホワ〜ンと憧れて写真を眺めては溜息をしていたわけだが、つい昨日(6月21日)、このヴァンキッシュ・ザガートが正式に発売されることがアナウンスされて、今度は別の溜息が出てきた。このクルマのキーを手にすることができるたった99人の男(と女)が羨ましくて溜まらない。何せアストン+ザガートのコラボ作は、新車の段階で手に入れない限り、マーケットにはまず出回らない。頑張っていずれ手に入れるぞー! という望みは、ほぼ絶たれているも同然なのだから……。
 
ってなわけで、3回にわたって“今いちばん面白いスポーツカー・ブランドってアストンなんだよねー。なぜならば……”ってなことをお伝えしてきたわけだけど、ほんと……凄いでしょ? あらためて(それも駆け足で)振り返ってみて、僕自身もその展開の速さと幅の広さに圧倒されたほどだ。
 
歴史的に見て何度も存在の危機に直面してきたアストンマーティンを立て直して現在の基盤を作ったのが、前CEOのドクター・ウルリッヒ・ベッツであったことは確かだ。が、それをさらに大きく高く広く飛躍させているのが、現CEOのアンディ・パーマーの手腕であることは間違いない。今の時点ではヴァンキッシュ・ザガートの発売決定が最後のニュースではあるけれど、この何とも胸躍る躍動感みたいなものは、まだまだ続きそうだ。
 
きっと9月のパリ・サロンでも何かあったりするのだろうなぁ……。いや、その前にいきなり、また驚かされるような何かがあったりして……。
 
あっ。また4000w超えちゃってる……。
 


June 23,2016 Thu   Vol.004『ダメ人間、再び……』  



witten by 嶋田智之
世界中
うんうんする
22


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近頃の iPhone は、結構綺麗に撮れるのだよねぇ。内緒だけど某誌の連載の自分で撮る写真は、100% iPhone によるものだったりする。この熟成極まった DB9GTの写真は『Tipo』誌の取材時のときのもの。


「今いちばん面白いスポーツカー・ブランドってアストンなんだよねー。なぜならば……」と来て「っていうところまで話を持っていこうと思ってたんだけど」と続け、「もう飲んじゃったからなー」と展開した後、「また次回」と拾い直して「何日か後にね」とスライドさせ、「……たぶん」で締めた、前回のコラム。その“何日か後”というのが具体的にどのくらいまでの期間なら世の中的に許されるのか、そこんところはさっぱり判らないのだけど、前回の公開から33日後に続きを書いているというのは、さすがに“何日か後”に該当したりはしないだろう。
 
“カーくる”のトガリさんやイカイさんは僕の性格や普段の状況を理解してくださってるうえにいいヒト達なので、ゆるーくやっていくことを許してくださってるけど、開始早々にこれではいけない。もう「何日か後にね」という言い回しは避けなきゃいけないね。うんうん。
 
期待をしてくださっていた2~3人の皆さんへのお詫びの意味も込め、そしてさらにはこの33日間にわたる構想期間(?)に当のアストンマーティンが新しい話題を送り出してくれちゃったので、今回は……長いぞぉ。

 
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アンディ・パーマーCEO。1963年6月生まれ。ニュルブルクリンク24時間レースを走ることを目標に、自らヴァンテージGT4で英国内のレースにも参戦するカー・ガイでもある。育った街から僅か5マイルのところに位置するゲイドンのアストンマーティン本社にて。


さて、なぜアストンマーティンが今いちばん面白いスポーツカー・ブランドだと僕が感じているのか。それは2014年の秋にアンディ・パーマーさんがCEOに就任してからこっち、展開が目まぐるしく素早いからだ。しかも、その勢いはまだまだ止まりそうにないのである。
 
パーマーCEOは、以前は日産自動車の副社長を勤めておられ、あのカルロス・ゴーンさんの後継と目されていた方だ。英国内の自動車メーカーでエンジニアとしてキャリアをスタートし、1991年に日産テクニカル・センター・ヨーロッパに移籍、そこでは副マネージング・ダイレクターとして主にデザインやテストの分野を担当されたという。2002年に日本に来られてからは経営サイドの業務に携わるようになり、日産のグループ内企業の経営を複数こなしながら2011年からは日産本体の副社長に就任。そしてチーフ・プランニング・オフィサーとして商品企画を担当されていた。エンジニアとしての考え方も、経営者としての考え方も、プランナーとしての考え方もできる、というわけだ。
 
2015年の2月、就任されてから数ヶ月後のパーマーCEOにインタビューさせていただいたことがある。そのとき彼は「アストンマーティンはDAIGINJO(大吟醸)のような存在であるべき」、つまり誰かと競ったりひけらかしたりするためのスーパー・スポーツカーではなく、独自の美意識の元に丁寧に作られ、慈しむように味わって楽しむための存在であるべき、ということを示唆する考え方を表明してファンを安心させてくれたばかりでなく、そのうえで「ラインナップを全て刷新する。年に1車種ぐらいのペースで発表していけるといいと思っている」と語り、驚かせてくれた。
 
展開は本当に素早かった。そのインタビュー直後に開催されたジュネーヴ・ショーには、もちろん刷新ではなかったけれど、ティーザー予告されていた1台の派生車種と1台の全く新しいサーキット専用限定車、そして全くのサプライズで1台のコンセプトカーが並べられていた。違う仕事で渡欧していた僕は、たった半日だったけど観に行くことができて、会場内で小躍りした。いや、ホントに躍ってたらツマミ出されてたと思うけど……。
 
ともあれ、そのときに展示されていた派生車種とは、これだ。
 
 
ヴァンテージGT12、である。アストンはここ数年ヴァンテージでGTレースを戦っているわけだが、GT12はそのGT3マシンと通常の市販ラインナップにあるV12ヴァンテージSの間に置かれた世界100台の限定車。最も運動性能のいい車体に個人的には世界で最も豊潤と感じてるV12ユニットを積んだV12ヴァンテージSに、エンジンを600psにパワーアップ、車重を100kgほど絞り込み、トレッドの拡大を含めて足腰を全面的にセットし直し、空力を思い切り見直すなど、あらゆるところに手を加えたスペシャル・モデルだ。エアコンとオーディオとインフォティメント・システムを持ったレーシングカー、といった成り立ちである。
 
実はウルトラ級に幸福なことなのだけど、僕は世界にたった100台の貴重なこのモデルを、サーキットで試乗させていただくことができた。
 

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これは『ROSSO』誌の取材でヴァンテージGT12に試乗することが叶ったときのカット。死ぬまでに一度は乗ってみたいと思ってから、夢見心地以外のナニモノでもない体験だった。

いや、そりゃもう驚きだった。パワーが上がって車重が軽くなってる分だけ速さを増してるのは当然として、ただでさえフロントに決しては小さいとはいえないV12エンジンを積んでるわりには気持ちよく曲がってくれるのがV12ヴァンテージSの美点だというのに、それを遙かに超える勢いでグイグイ曲がる。パワーもトルクも強力なのにデリバリーがしやすく、慣れればステアリングでもスロットルでもどちらでも自在に曲がっていける印象だった。袖ヶ浦フォレストレースウェイのコースを3周たらず、距離にすれば7km程度、コーナーの数は合わせて29個という限られた条件での試乗だったから僕の腕前ではそれ以上の領域には踏み込めなかったけど、アストンが伊達や酔狂でレース活動をしてるわけじゃないってことを身体と感覚に叩き込まれたような、そんな体験だった。
 
そして、ジュネーヴのブースのメイン・キャストだったのは、このクルマだった。ヴァルカン、である。
 


これ、もうサウンドだけで痺れちゃうでしょ? V12ユニットは自然吸気のまま、何と800psオーバー! までパワーが引き上げられていて、それをマウントする車体の方は、モノコックもボディ・パネルもカーボンファイバー製。サスペンションはプッシュロッド式でブレーキもカーボンセラミック。いや、もう事実上はベースも何もなく、全くゼロから作ったマシンといっていいだろう。
 
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ヴァルカンの名前は、1950年代に英国空軍に配備されていた戦略爆撃機からインスピレーションを得たものだという。元をただせばローマ神話に登場する火の神、ヴァルカーヌスの英語読みが原点かも? なんて勝手に想像してるのだけど。
 
ヴァルカンの残念なところは、完全にサーキット走行に特化した作りになっていて公道走行が不可であること。そして、たった24台しか生産されないこと。つまり僕達が路上でこの美しい野獣に遭遇する可能性はゼロなのだ。……が、何と嬉しいことにっ! ごく最近、日本にも1台、ヴァルカンが上陸した。もしかしたらどこかのサーキットで皆さんも観ることができるかも知れない。……っていうか、僕が観たい。もう一度観たい。今、神に何でもいいから望みを叶えてやるといわれたら、僕は迷わず「ヴァルカンに乗りたいです!」と子供のように大声でお願いするだろう。
 
そしてもう1台。まるっきりのサプライズで、ちょうど飛行機に乗ってたから知らずに会場に行ってヒックリ返ったのがこのクルマの展示だった。DBXと名付けられたコンセプトカーである。
 
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DBXはアストンマーティンの歴史上初めてといえる、全く新しいコンセプトを持って計画されているモデル。すでに市販化に向けて動き出している模様。
 
近頃流行りのクロスオーバーSUVのように思われるかも知れないが、アストンではこれをSUVとは呼ばず、誰もがいかなるシチュエーションでも走らせることのできるスポーツカーでありグランドツアラーである、という位置づけだ。ショーに展示されたモノはおそらく原寸大のモックアップだろうと思われたが、その時点で発表されていたのは、これが4輪駆動であり、完全な電気自動車であるということ。アストンはすでにラピードに水素ハイブリッドのパワートレーンを搭載したクルマをニュルブルクリンク24時間レースで走らせているし、市販前提で開発されたラピードのEVも完成している。新世代のパワートレーンに対しても積極的なのだ。その後、このDBXコンセプトをベースにしたモデルの市販化も決定したと報じられていて、果たして本当にEVで来るのか、それともV12やV8も搭載するのか、個人的にも興味津々だったりする。
 
このジュネーヴ・ショーで発表されたクルマ達の後、年末に向かって次第に盛り上がっていったのが、そう、これだ。世界で一番有名なスパイのためのクルマ。



このDB10については2014年の年末に写真だけは公開されてたけれど、『007 SPECTRE』の公開が近づくにつれて、映画のプロモーションムービーやアストン自身によるプレヴューで、気分がどんどんヒートアップ。撮影用に全部で10台が作られたうちのたった2台のみが展示用で、それはもちろん世界中で取り合いになったわけだけど、アストンマーティン・ジャパンががんばって争奪戦を乗り切ってくれたおかげで日本にもやってきて、あちこちでお披露目された。御覧になれた幸運な方もおられるんじゃないだろうか? 

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最新のボンドカーであるDB10は、昨年晩秋、映画の公開前のプロモーションで日本にも上陸。これは“TOKYO BOND GIRL COLLECTION”なるファッション系イベントに潜入したときのもの。このときばかりは珍しく、ボンド・ガール風のモデルさん達よりもDB10。早く近づいてシゲシゲ観たかったから、ファッションショー急いで終わってくれぇ……と願っていたのだった。

DB10がV8ヴァンテージをベースに作られたことは公然の秘密だけど、ヴァンテージのプラットフォームの上にこれだけガラッと異なるスタイリングデザインを、それも全く異なる美しさをもって創り上げたとは驚き。マレク・ライヒマン率いるスタイリング・チームの実力の高さの、ひとつの証といえるだろう。しかもこのDB10と先述のヴァルカンは、アストンマーティンのこれからのデザインの方向性を示唆してる、と公式的にアナウンスされていたのだ。

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これがDB11の、公式的な世界初公開の瞬間。僕は今年のジュネーヴにはいけなかったのだけど、それより半月少々前に関係者や最重要顧客にそっとお披露目するための席に潜り込んで実車を見せていただいた。文句なしにカッコイイっす!
 
それを証明したのはこの3月のジュネーヴ・ショーで発表され、前回のコラムで御紹介したDB11というわけなのだけど、実はそのDB11の発表に先駆けて、もうひとつ大きなニュースがあったことを忘れちゃいけない。
 
忘れちゃいけないのだけど、よくよく数えてみたら、まだ途中だっていうのに文字数4500wオーバーになっちゃった。さすがにもうここまで来ると、読んでくださってても苦痛を感じるレベルでしょ? なので今回はここまでにして、続きはまた次回。何日か後にね。……あれ?
 





嶋田智之【tomoyuki.shimada】
エンスー自動車雑誌『Tipo』の編集長やスーパーカー専門誌『ROSSO』の総編集長を務めた後、フリーランスとして独立。「クルマ」と「ヒト」を仕事の柱として、モノ書き/編集者として活躍中。カーくるではお馴染みのイベント「ミラフィオーリ」「トリコローレ」などでゲストMCを務め、親しみのあるざっくばらんな語り口調の「居酒屋系自動車トーク」が人気。
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